京都地方裁判所 昭和59年(ワ)2542号 判決 1989年2月20日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 浅岡美恵
同 戸倉晴美
同 佐藤克昭
被合併会社近畿ゼネラル貿易株式会社訴訟承継人被告 東京ゼネラル株式会社
右代表者代表取締役 飯田克己
<ほか三名>
被告ら四名訴訟代理人弁護士 雨宮明敏
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金九九二万二八〇〇円および内金九〇二万二八〇〇円に対しては昭和五九年一〇月二六日から、内金九〇万円に対しては昭和六〇年一月一〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金一二二七万八五〇〇円および内金一一二七万八五〇〇円に対しては昭和五九年八月四日から、内金一〇〇万円に対しては昭和六〇年一月一〇日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者等
(一) 近畿ゼネラル貿易株式会社(以下、「近畿ゼネラル」という。)は神戸穀物取引所および神戸ゴム取引所等の取引員であって、顧客から手数料を得て、大豆、ゴムの売買の委託を受け、自己の名をもって委託者の計算において輸入大豆・ゴムの売買をなすこと等を業とするものである。被告国中政宏(以下、「被告国中」という。)、被告金子隆志(以下、「被告金子」という。)、被告野川耕造(以下、「被告野川」という。)は、いずれも近畿ゼネラルに勤務する外務員である。
(二) 被告東京ゼネラル株式会社(以下、「被告会社」という。)は、昭和六二年五月一日、近畿ゼネラルおよびゼネラル貿易株式会社を吸収合併し、右両社の権利義務を包括的に承継した。
(三) 原告は、本件前には商品取引の経験は一度もなく、またそれについての知識も全くなかった。
2 本件における事実の経過
(一) 原告は、商品取引を行う意思が全く無かったが、昭和五九年六月八日、納税協会で勤務中、突然、渡川浩(以下、「渡川」という。)から電話を受け、さらにその後来訪を受け、大豆取引を行うよう執拗に勧誘された。原告はその意思がなかったため、これを断ったが、被告野川および右渡川は、同年六月一一日昼頃、原告を喫茶店に呼び出し、「大豆を今買っておけば、必ず値上がりし、損はありません。」等断定的判断を示して執拗に勧誘した上、その場で原告をして取引承諾書に署名捺印させ、大豆取引につき五〇枚の買建を勧めた。
(二) 翌六月一二日の夜、被告野川は原告宅を訪れ、原告およびその妻に対し、再び、「大豆の先物は現在の相場より必ず値上がりし、短期間に儲けられる。」等と執拗に勧誘し、その場に居合わせ、かかる取引への参入に反対した右妻に対し、「奥さんは認識不足ですね。昔は先物はこわいと聞いていたかも知れませんが、今は先物を買う人がたくさんおり、随分儲けて貰っている。よくいけば四倍、普通でも倍になる。」と先物取引があたかも安全で有利な利殖方法であるかのごとく述べ、さらに、「僕の上司で金子という者がいて、取引にはベテランで金子にやってもらいます。初心者は一か月といいません。二〇日くらいで儲けて貰います。」と誘う一方、既に用意していた近畿ゼネラル発行の三五〇万円の預り証や前記承諾書を見せて輸入大豆五〇枚分の委託証拠金三五〇万円の支払いを要求し、よって原告らにもはや取引参入を拒絶できないものと誤信させ、原告に右証拠金の支払を約束させた。
(三) 原告は右約束に基づき、同月一三日に近畿ゼネラルに対して金三五〇万円を支払い、これをうけて近畿ゼネラルは即日、輸入大豆につき昭和五九年一一月限五〇枚の買建をなし、本件の先物取引が開始された。ところで、本件の被害が後記のとおり拡大することとなったのは、このように、当初から五〇枚という大量の取引を強いられたことにもその一因がある。先物取引においては、その非常なる危険性の故に、新規委託者保護管理協定が商品取引員間で定められ、右協定では、顧客カードを整理し、取引開始後少なくとも三か月間は新規委託者保護育成期間として委託枚数の上限は二〇枚までとされ、特別担当班が設けられて過当勧誘を防止することになっていたが、近畿ゼネラルでは、右協定によるかかる配慮は全くなされず、被告野川らは、原告から、より多額の資金を拠出させることのみを念頭におき、当初より過大取引を強制した。その際、原告が、近畿ゼネラル側に、二八〇〇万円もの大金を投資したい旨要望したことは全くなかった。
(四) その後の取引の経過は別表のとおりであるが、右取引を含め、いずれの建玉、仕切りも、被告金子らが直前に電話で一方的に指示し、原告に押しつけたものに過ぎない。
(五) 近畿ゼネラルは同年六月一三日から同月二〇日までの間、三回建、落を繰返し、利益を計上して原告を安心させ(但し、利益金のうち、同年六月二〇日に一一万二〇〇〇円を原告に支払ったのみで、その余は証拠金に組み入れたにすぎない。)、同月二〇日、値下がりしたとして金二一七万五〇〇〇円の追証を原告に請求し、同月二五日には、原告に対し、同月二八日までに右金員を入れるよう催告し、さらに同月二六日には、被告金子は、近畿ゼネラル京都支店を訪れた原告に対し、「追証拠金を入れても再び追証がかかる恐れがあるから、この際、安全のため四二〇万円を資金調達しておけばこれ以上かかる心配がない。」などと説明し、その旨誤信した原告に、同日午後六時頃、四二〇万円を支払わせた。
翌二七日、原告の妻が近畿ゼネラルに「元金三五〇万円に対し追証が四二〇万円と追証の方が多いのはどういうことか。」との問い合わせをしたところ、被告金子は、これに対し、「追証ではありません。資金が少なくなったため、今の金額を入れて貰わなければ元金がすぐパーになってしまうので、そういうことにならないために入れて貰ったものだ。」と説明し、翌二八日には、「売と買の両方建てたわけで、このほうが相場が上がっても下がっても安心です。」と説明した。実際には、前記証拠金入金前の同月二五日前場二節において、近畿ゼネラルにより、既に計六〇枚の売が建てられ、両建されている(なお、両建は取引所指示事項第一〇項で禁止されている。)。
(六) その後、同年七月五日まで輸入大豆の相場価格は下落の一途であったが、近畿ゼネラルらは、この間、買建玉を残したまま両建てた売玉の建落を繰り返して利喰いをし、常時両建状態を維持しつつ、原告の不安を抑えるため、同年七月三日には利益金のうち三五万円を原告に支払ったが、同年六月二〇日付の買建玉六〇枚は放置した(因果玉の放置)。さらに、近畿ゼネラル側は同年七月五日、買二〇枚を建て、残買建玉は計八〇枚に及んでいるが、これらについても、その後七月中頃まで上昇したにもかかわらず、この間全く仕切らなかった。被告金子は、原告に「売り買い両建しているので安心せよ。」と言っていたが、その後輸入大豆相場が下落した同年七月二六日には、同年六月二〇日付買建中の一〇枚とともに右七月五日付買建二〇枚中の一〇枚を仕切り、その結果、損金三一〇万円を計上したにもかかわらず、原告に不安を抱かせないように、同月二七日には六四万二五〇〇円を支払って安心させたが、同月三〇日には突然、値下がりを理由に金五〇〇万円を要求した。
(七) 輸入大豆の相場価格は、同年七月中頃以降、下落を続け、同月三一日には、同年での最安値を記録したが、近畿ゼネラルは、同年六月二〇日以来放置してきた買建玉のうち、二〇枚を同年七月三一日仕切った上(五八〇万円の損金)、被告金子は同日、原告に対しさらに五〇〇万円の支払を「これを支払わなければ既払金もパーになる。」と言って要求した。原告の資金は既に底をついていたが、原告は、右金五〇〇万円を準備すれば投下資金の回収ができるものと信じ、同年八月四日に友人から借金してこれを支払い、損失を回復するよう被告金子に懇願するほかなかった。ところが、近畿ゼネラルらは、今後は値上がり傾向にあると思いながら、同年七月三一日、さらに原告の計算で大豆四〇枚の売建をなし、その後相場価格が値上がりしたにもかかわらずこれを仕切ることなく放置し、その後も常時両建して反復売買をくり返した。原告は、これらの取引等に対し、その適否の判断をなしえず、ただ既に生じた損失を回復できるよう「よろしくお願いします。」とたのむほかなかった。
(八) 被告国中は、同年九月二〇日、原告に対し「五週間で七五〇万円の利益を上げることができ、原状回復できる。今後は私が金子から引き継ぎ一所懸命やらせてもらう。」と言ってなだめ、さらに同年一〇月九日には、原告に「最近の大豆の動きが低迷の状態である。ゴムはこれから値下がりの方向にあるので、ゴムにのりかえた方がよい。」とゴム取引を勧め、同月一一日、ゴム相場の状況からして売り方針はよくないと判断しながら、原告の計算でゴム一〇枚の売建をさせた。ところが、ゴム相場の価格は右説明とうらはらに値上がりを続けたため、原告はようやく騙されていることに気づき、同月二五日、近畿ゼネラルに対し、すべて仕切るように要求した。この間の取引で原告自身が指示したのはこれのみであり、その他はすべて被告から一方的に通告ないし押しつけられたものであった。この時、証拠金の残額はわずかに三一万六五〇〇円であった。
3 被告らの責任
(一) 本件取引全体の違法性
商品の先物取引は、少額の証拠金で差金決済により多額の取引ができる投機性の高い経済行為であり、取引高が大きく値動きが激しいため、多額の差損金が発生する危険がある。売り買いの決定には、商品の需要供給の関係、政治・経済の動向など市場価格形成の要因に関して相当に高度な知識を必要とし、またその知識を活用する経験が必要となる。従って、商品取引員の外務員は、その遂行すべき業務として顧客を勧誘するにあたっては、顧客の経歴や能力を十分に見極め、商品取引を扱う能力に欠けると思われる者を無理に取引きに誘い込むことは避けるべきであるし、先物取引の委託を受けるときは、委託者の経歴・能力・先物取引についての知識経験の有無、取引の数量、委託をするに至った事情等を考慮して、委託者に損害発生の危険の有無・程度の判断を誤らせないように配慮すべき注意義務を負うものである。外務員がこうした義務を十分に考慮せず、原告の如き商品取引に関する知識経験の全くない者に対し、ただただ金員を出捐させることにのみ専心していくときには、その一連の取引全体が不可分のものとして、当該相手からの金員の吸収機構となってしまうのである。よって、取引の勧誘および受託契約後の取引の実行について外務員に各種義務に違反する行為があるときは、勧誘および一連の取引の全体が違法性を帯び、不法行為を構成するというべきである。
そうすると、本件取引は、勧誘の始まりから取引の終了まで、近畿ゼネラル(被告会社)側のあらかじめ予定された一連の行為により、原告からの多大な金員を引き出し、これを手数料を含む損金に転換させていったものとして、その一連の取引全体が違法性を帯び不法行為を構成し、故意にも、近い責任を生ぜしめるものである。以下に述べる個々の義務違反ないし違法行為は、こうした本件取引全体の違法性を基礎づけるものである。
(二) 勧誘時の違法
(1) かかる取引への参入意思のなかった原告に対し、無差別の電話勧誘を行ったのは、取引所指示事項1違反である。
(2) 説明義務違反
商品先物取引が、証拠金を喪失する危険性の高い投機的取引である以上、業者と顧客との間には、信義誠実の原則・善管注意義務が基礎に存するのであるから、金銭を喪失する危険性や資金を投入する方法についても近畿ゼネラル側は、最低の義務として、次のような点を説明することが要求されるというべきである。
(イ) 証拠金は余裕資金を使わなければならないこと。
(ロ) 評価益が出るのは全注文のうち三割程度にしかすぎないこと。
(ハ) 何度も連続して益を得るのは非常に困難であるから、一度に全額を投入せず、証拠金として使用する予定額の多くとも三分の一くらいから始めなければならないこと。
(ニ) 資金の投入は計画的にしなければならないこと。
ところが、近畿ゼネラルらは、右のような説明はおろか、ことさら先物取引の投機性についての説明を避け、よってこの点の説明義務を全く履行しなかった。
さらに、先物取引の委託売買をなす業者は、顧客に対し、当該取引内容の詳細を説明し理解を求めなければならない。すなわち、先物取引における売り買いの決定には、商品の需要供給の関係、政治・経済の動向など市場価格形成の要因に関して相当に高度な知識を必要とし、さらにその知識を活用する経験が必要となるのであるから、個々の専門用語の説明のみならず、こうした売買について、自己決定をするのに不可欠な要素・要因についても十分な説明をする必要がある。こうした点についての説明の欠如、不十分さは、顧客に対し自己決定の基礎となる知識を全く与えないこととなり、その後の売買が顧客の自己決定によるのでなく、業者主導の(禁止事項である)実質的一任売買とされてしまうこととなるのである。従って、こうした点についての説明の欠如は、その後の全ての売買について、顧客の責任を問いえぬものとなるのである(自己決定自己責任の原則の前提の欠如)。
ところが、被告野川は原告に対し、当時の輸入大豆の値が低い水準であること、ソ連のアメリカに対する買付け、熱波の到来などを値動きの要素としてあげ、本件取引開始時における輸入大豆の相場が値上がりすると無責任な説明をしただけで、結局、近畿ゼネラル側は右の点についても、その説明義務を全く履行しなかった。
(3) 断定的判断の提供
商品取引員は、商品市場における売買取引につき、その顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することは、商品取引の投機的本質を誤認させることであり、法令等で強く禁止されている(商品取引所法九四条一号、受託契約準則一七条一号)。
ところが、被告野川と渡川は、原告に対して一方的に輸入大豆の相場の値上がりが必至であるかのような資料等のみを示し、逆に、その値下がりの可能性を示すような判断材料は全く提供していない。これは、全く商品取引の知識がなかった原告にとっては、まさに「必ず値上がりする。」旨の説明を提供されたと評価するほかないものである。よって、近畿ゼネラルらは、原告に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘したものと言えるから、前記禁止に違反していると解すべきである。
(4) 強引な勧誘
前記のような近畿ゼネラル側の勧誘にもかかわらず、原告は先物取引をなす意思を固めてはいなかったが、被告野川は、原告に対し、「預り証」をその目の前に突きつけるという強引な手段によって、証拠金三五〇万円の支払いを約束させた。被告野川の右の行為は、原告にもはや取引をなすことは決定済みのことで、ことここに至っては後には戻れないという心理的影響・効果を生ぜしめた点で、極めて違法性の高い強引な勧誘方法というほかはなく、さらに、右「預り証」は何ら正規の審査および手段を経て作成されたものではなく、被告野川が勝手に作成したものであるから、このような「預り証」を提示すること自体極めて不当違法な方法というべきである。
このような不当かつ強引な勧誘により、原告は半ば強制されるようにして本件取引に引き込まれていった。
(三) 新規委託者保護義務違反
(1) 新規委託者保護管理規則(以下、「規則」という。)
規則は、昭和五三年三月二九日に開催された全国の商品取引員大会において定めることを確認された協定(受託業務適正化推進規則第一ないし第三号)の趣旨に基づき、商品取引各社において設定されたものである。そして、この一連の協定は、主務省が受託業務の改善を強く求めた事に対応するものであり、そのことは「受託業務の改善に関する協定書」の「趣旨」に明確に記されているが、そこでは「商品取引員は、いやしくも適格性の低い者を勧誘して不測の損害を惹起しないよう十分な注意をもって顧客を選択する責任と、必要知識の普及啓蒙に努め顧客の理解を深めるため力を尽くす義務を併せ課せられ」るものとされ、さらにその責任・義務の具体的内容を明確にし、もって新規委託者の保護を図るため、規則の設定が右各社に義務づけられたものである。従って、これらの規則や右協定等を集大成し社団法人全国商品取引所連合会が作成した受託業務指導基準は、単なる内規ではなく、商品取引業界における規範として、顧客(委託者)との間の問屋契約上の注意義務の具体的内容となっていると考えるべきである。また、取引員たる各社は、主務大臣の許可を受けるものであり、四年毎に許可更新の審査を受けることとなっており(商品取引所法四一条)、主務大臣は、商品取引所法四四条に定めるところにより、その許否を決することとされているところ、主務省の改善要求や指導を受け、それに基づき設定された協定等の遵守状況は「受託業務を公平かつ的確に遂行できる知識および経験を有し、かつ、十分な社会的信用を有する」(同条一項三号)か否かを判断する重要な要素となっており、これを遵守しえぬ状況にあるものは許可の要件を具備しないものとして取引員たる資格を認めることができないとされているのであるから、このことからしても、右の各規則・指導基準が、単なる内規ではなく商品取引業界における各社の委託者に対する注意義務の具体的内容になっていることは明らかである。
(2) 保護育成期間における枚数制限の違反
近畿ゼネラルの規則(受託業務適正化推進第二号に基づいて設定)によれば、新規受託者については、商品取引に関する知識・理解度および資力等を勘案し、適正に売買取引が行われるように助言し保護するために三か月の保護育成期間が設けられ、受託枚数を全商品二〇枚以内にするよう管理することが義務づけられている。ところが、近畿ゼネラルは原告の計算で、第一回目からいきなり五〇枚を建てており、右期間内では、最高一六〇枚の建玉がなされるに至っている。もっとも右の枚数制限には、「新規委託者から二〇枚を超える建玉の要請があった場合に、売買枚数の管理基準に従って適確に審査し、過大とならないよう適正な売買取引を行わせることとする。」旨の例外規定が存するが、その審査上必要とされる原告に関する顧客カードには全く事実に反する記載が全くの推測でなされており、また原告に対する直接の事情聴取等も全くなく、本来、原告の取引経験、状況、資産に鑑みれば、原告につき二〇枚を超える建玉を許すべきではなかったのである。さらに、そもそも、近畿ゼネラルからは原告に対し、規則の右規定の内容について何らの説明もなく、二〇枚の制限の存在も全く知らされなかったのであり、仮に右のことについて近畿ゼネラル側から説明を受けていれば、原告は、二〇枚を超える建玉を要求するはずはなかった。また、本件において実際に、原告から二〇枚を超えて取引したい旨の要求を積極的になしたことはなかった。
よって、本件取引は、規則の定める保護育成期間における枚数制限に違反し、違法なものと言うべきである。
(四) 業者主導の違法不当売買
本件取引は全て近畿ゼネラル側の意向どおり行われ、その建玉は実質的には原告の真意に基づかずになされたものである。すなわち、本件取引は、昭和五九年六月一三日という、六月度の調査日である同年六月一一日のすぐ後から開始され、二〇枚の制限枚数をはるかに大きく超える取引枚数にて継続され、次の調査日である同年九月一二日のみ二〇枚の建玉となり、その後も再び五〇枚を超える建玉になっているが、この建玉の変化からみて、近畿ゼネラルは、各地区商品取引所会議による九月一二日の右調査を潜脱するため、意図的に同日建玉枚数を二〇枚としたとしか考えられない。そうすると、近畿ゼネラル自身が、本件につき二〇枚を超える建玉は不適当であると認識していたことになるし、また、近畿ゼネラルが右同日一挙に二〇枚に減玉なし得たことになることから、一連の本件取引が原告の意向によることなく近畿ゼネラル側の主導でなされたものであることも明らかである。してみれば、近畿ゼネラル側がいかにうまく原告を操縦し、金を引出してきたかその作為性は明白であり、その意味で本件は、故意責任に値する不法な行為による被害事例であるというほかはない。
(五) 違法・不当な売買推奨
(1) 近畿ゼネラル側は、昭和五九年六月二五日以来、原告につき常時両建状態にし、取引全体としての原告の損益状態を見失なわせた上、利の乗った玉を仕切っては因果玉を放置し(取引所指示事項10違反)、しかも、原告の値動きに対する無知に乗じ、近畿ゼネラル側の相場観と反対の売買を建てさせ、かつこれらを放置したため、同年六月二〇日付買建玉六〇枚、同年七月三一日付売建玉四〇枚による原告の損金は合計金二〇五七万五〇〇〇円、損金全体の八七パーセントに及んでいる。まさに因果玉の放置という他なく、かかる顧客殺しを防止するために、取引所指示事項で両建を禁じているのである。
(2) また、近畿ゼネラル側は、新規委託者である原告に対し、前記のとおり過大な取引を押しつけ、売り直し、買い直しをくり返したため、原告に生じた手数料損は短期間のうちに四四五万三五〇〇円にのぼり、取引全体の損金の四〇パーセントにも及ぶこととなった。この数字は、本件取引においていかにチャーニング(ころがし)が重ねられてきたかを物語るものである。しかも、両建状態のままチャーニングが続いていることに象徴されるように、近畿ゼネラル側の本件売買推奨は合理的根拠があってなされたものではなかった。
(六) 証拠金に関する規制違反
先物取引適正化のための諸規制により、建玉は証拠金の受領後になすべきこと(無敷の禁止)、委託者への警告としての機能を有する追証請求の履践、利益金の証拠金への振替の禁止など証拠金の取扱については厳重な制約があるにもかかわらず、利益金の支払いは原告をつなぎとめ、損得勘定を誤らせるのに必要な限度で、その合理性のない時期に三回だけ極く少額なされたにすぎず、他は証拠金に振替えられているし、昭和五九年六月二五日付および同年七月三一日付の各新規建玉はいずれも無敷のまま行われたものであり、さらに、同日付建玉については、五〇〇万円が借入金であることを知りながら入証させて取引を継続させるなど、近畿ゼネラル側は、証拠金に関する前記諸制約をことごとく無視し、これらを潜脱しているものである。
(七) 共同不法行為責任および使用者責任
前記のとおり、本件取引は全体を一連のものとして把握されるべきものであって、これを被告国中、被告金子および被告野川はそれぞれ相協力し分担してなしてきたものであるから、これらの三被告らは、いずれも原告の後記全損害につき共同連帯して不法行為責任を負うべきである。
また、右三被告らの右共同不法行為は、近畿ゼネラルの従業員として、その業務活動の中でなされたものであるから、近畿ゼネラル、ひいてはその合併会社である被告会社は、原告に対し、民法七一五条一項に基づき、使用者責任を負うものである。
4 原告の損害
(一) 原告が、被告ら(近畿ゼネラルを承継した被告会社ら)の不法行為により支払った金員および返還を受けた金員は左のとおりであり、これらを損益相殺した損害は金一一二七万八五〇〇円である。
(1) 原告からの支払い
① 昭和五九年六月一三日 金三五〇万円
② 同月二六日 金四二〇万円
③ 同年八月四日 金五〇〇万円
(2) 原告への返還
① 同年六月二〇日 金一一万二五〇〇円
② 同年七月三日 金三五万円
③ 同月二七日 金六四万二五〇〇円
④ 同年一〇月三〇日 金三一万六五〇〇円
(二) 弁護士費用
本件の如き、専門的な取引の被害回復については原告が本人のみでは到底これをなしうるものではない。よって、原告は、本件訴訟代理人らに対し、本件訴訟手続きを委任せざるをえず、この弁護士費用として金一〇〇万円の支払いを約した。したがって、これは本件不法行為と相当因果関係にある損害である。
5 よって、原告は、被告会社に対してはその被合併会社近畿ゼネラルの使用者責任(民法七一五条)を合併により承継したことに基づき、その余の被告らに対しては共同不法行為(民法七一九条一項)に基づき、各自右損害金一二二七万八五〇〇円および内金一一二七万八五〇〇円については原告から近畿ゼネラルへの最終金員支払日である昭和五九年八月四日から、内金一〇〇万円については訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否および反論(被告ら共通)
1 請求原因1の事実のうち、(一)は認め、(三)は不知。
2 同2の事実のうち、原告主張の原告の個々の取引の種類および枚数、渡川および被告野川が昭和五九年六月一一日ごろ原告に対し商品取引を勧誘し、原告が取引承諾書に署名捺印したこと、被告野川が同月一二日ごろ原告宅を訪れ、原告およびその妻に対し再度勧誘および説明をしたこと、近畿ゼネラルが同月一三日に原告から金三五〇万円を受領し、同日、輸入大豆五〇枚の買建をして取引を開始したこと、近畿ゼネラルが原告から同月二六日に金四二〇万円、同年八月四日に金五〇〇万円をそれぞれ受領したこと、原告が同年一〇月一一日にゴム一〇枚の売建をしたことは認め、その余は否認する。なお、右勧誘の際、被告野川らは原告に対し、商品取引の投機性、売りと買いの意味、投資家の危険負担、委託手数料、新聞での商品の価格の見方、近畿ゼネラルから原告に対する取引の報告の方法、証拠金および受託準則、委託契約の解除の方法等商品取引の概要について説明したところ、原告は右説明に十分納得し、商品取引が危険を伴なう投機的経済行為であることを十分に理解し、そのうえで近畿ゼネラルとの間で商品取引委託契約を締結したものである。そして、近畿ゼネラルは、右商品取引委託契約に基づき、同年六月一三日から同年一〇月二六日までの間、すべて原告の指示に従い原告の計算で大豆およびゴムの売買取引をし、右取引につきその都度原告に口頭ないし書面で報告し、また、同年六月一五日、七月一一日、八月一七日、九月一七日、一〇月一五日にそれぞれ原告に対して取引残高の報告を行い、原告にその確認を求めたところ、原告は近畿ゼネラルに対し、そのいずれについてもその報告内容に相違なき旨書面で回答している。さらに、近畿ゼネラルにおいても規則に基づき、新規委託者については原則として当初三か月間は建玉を二〇枚に制限することとしていたところ、原告の方から、当初より金二八〇〇万円程度を投資したい旨近畿ゼネラル側に強く要望してきたので、これをうけて被告国中(近畿ゼネラル京都支店長)は、特に近畿ゼネラル本社に右要望の取扱いにつき指示を求めるなどし、近畿ゼネラル側は、原告が不動産の他に二〇〇〇万円相当の有価証券、三〇〇〇万円の預貯金を資産として有すること、株式の信用取引の経験があること、約三〇年にわたって税務関係の専門職に従事してきたこと等の事情が認められたため、原告の要望どおり、右制限を超える取引を認めることとし、万全の保護管理をなすよう被告国中に指示するなど原告の利益保護に十分に配慮した上で、前記のとおりの建玉を行ったものである。以上のとおり、近畿ゼネラル側は、本件取引につき、原告の利益保護に必要と考えられる手続等を十分履践しているものである。
3 請求原因3のうち、近畿ゼネラルの取得した本件取引にかかる手数料が合計金四四五万三五〇〇円であることは認め、その余は否認ないし争う。
4 同4の事実のうち、(一)は認め、その余は不知。
三 抗弁(過失相殺、被告ら共通)
(一) 原告は、約三二年間租税の徴収を職務としてきた練達の徴税官吏であり、退官後も税理士の登録をするかたわら、納税協会の常務理事に奉職して一般国民や事業主などに対し税務の指導をしてきたものであって、本件商品取引の危険性を認識する能力を十分に有していたこと、原告は株式の取引、特にその信用取引の経験を有し、またその退職金によって国債を購入するなどその資産運用上の経験も有すること、さらに、商品取引が銀行預金などと異なり、投機性を有することは今や公知の事実であることなどの事実からみて、原告は本件商品取引の危険性を十分に認識しながら、その利益追求の期待からこれに参入したものである。
(二) 原告は、自己の損益の状況につき、近畿ゼネラル側からの電話連絡・売買報告書送付等の方法により、ほぼ各取引の翌日にはこれを認識しており、かつ、自分から該取引を中止することができることも知っていながら、利益が出た時点でも中止することなくさらに多くの利益を得んがため本件取引を継続し、また、損失が生じたときは損の状態ではやめたくないとの理由で、本件取引を継続し、その結果、原告は損害の回復が不能な状態に至ったため本件取引を打ち切らざるを得なかったものである。よって、原告の本件商品取引での損害は、原告自身の過失に基づいて発生・拡大したものである。
四 抗弁に対する反論
(一) 原告は下級税吏としてコツコツと働き、早く父を亡くした家の長男として弟妹の援助をし、老母を扶養し、ようやくささやかな建売住宅を購入し、老後の資金としては心細い退職金を残した他には資産、能力のない一市民である。退職後、税務署の外郭団体である納税協会に第二の職を得たものの、後進に道を譲るため、その勤務可能年限は限られ、昭和六二年夏には無職となった。課長補佐という退職時の役職が示すとおり、原告は長い年月ひたすら狭い仕事の範囲を真面目に尽してきたに過ぎず、それ以上の社会的な訓練も能力も有していないし、また、前記のとおりの事情により老後の生活不安を抱いている者である。
(二) 原告は、近畿ゼネラル側の客殺しの意図はもとより、先物取引自体の危険性も知らされず、わずかにその妻が抱いた危惧の念をも取り除く説得が近畿ゼネラル側によって重ねられた結果、その漠然とした危惧感も払拭させられ、安全・有利な取引であると信じ込まされて本件取引に参入させられた。そして、先物取引の仕組は、一般人には容易に理解できるものではなく、仮に、原告の如き一般委託者の側に多少の知識があったとしても、委託者がその意思と判断で業者に指示することは到底不可能なことであって、形式上、委託者に仕切りの権利が認められているとは言っても、取引開始後数日にして多額の損失を生じて狼狽している原告が、容易に顧客の仕切り要請に応じない近畿ゼネラル側に対して、これを実際上行使することは困難な状況にあるから、原告がいつでも本件取引を打ち切れたのにこれを怠って本件取引による損害を生ぜしめたというのは不当である。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実(当事者等)のうち、(一)は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば(二)を認めることができ、《証拠省略》を総合すれば(三)を認めることができる。
二 請求原因2の事実(本件における事実の経過)について
1 同2の事実のうち、原告の個々の取引の種類および枚数、渡川および被告野川が昭和五九年六月一一日ごろ原告に対し商品(先物)取引の勧誘をなし、その結果、原告が取引承諾書に署名捺印したこと、被告野川が同月一二日ごろ原告宅を訪れ、原告およびその妻に対し、再度勧誘および説明をしたこと、近畿ゼネラルが同月一三日に原告から金三五〇万円を受領し、同日、輸入大豆五〇枚の買建をなして取引を開始したこと、近畿ゼネラルが原告から同月二六日に金四二〇万円、同年八月四日に金五〇〇万円を各受領したことは当事者間に争いがない。
2 そこで次に、請求原因2の事実のうち、その余について判断する。
前記請求原因1の事実および請求原因2の事実のうち前記争いのない部分に、《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができる(但し、前記争いのない事実および認定の事実も含む。)。
(一) 原告は、昭和二二年税務署に就職し、昭和五四年に定年退職し、その後、社団法人伏見納税協会に再就職し、常務理事として昭和六二年六月まで勤務した上、同月右納税協会をも退職し、現在に至っている者である。本件商品先物取引は昭和五九年六月ころに開始されたが、原告は、そのころ、満六三歳であり、右取引開始まで商品先物取引はもちろんのこと、株の信用取引、さらには株の現実売買取引の経験もなく、商品先物取引につき、その具体的仕組はおろか、それが投機的本質を有するものであることなど全く知っていなかった。当時の原告の所有財産としては、不動産では、自宅である土地建物が、預貯金は、税務署からの退職金を中心に一二〇〇万円ないし一三〇〇万円(但し、内金四〇〇万円余は妻の花子名義のものであった。)が、さらに有価証券は、右退職金をもとに購入した一〇〇万円の国債が、それぞれあるだけであり、また、当時の原告の収入は、右納税協会からの給料が月二〇万円くらい、他に公務員の年金を税込みで年二五〇万円くらい得ている程度であった。
(二) 近畿ゼネラルは、京都市に京都支店を開設して商品先物取引受託業務を行っていたが、昭和五九年六月ころから同年一二月ころまでの間、被告国中は同支店長として、被告金子は同支店長代理(課長)としてそれぞれ輸入大豆等の商品先物取引における顧客(委託者)管理等の事務に従事し、被告野川は、右の両名の指揮監督下に同支店営業部員として、主として客を勧誘する外回りの業務を担当し、さらに、渡川、今村一治(以下、「今村」という。)も同支店営業部員としてそれぞれ所定の業務に従事していた。
(三) 被告野川らによる原告に対する輸入大豆等の商品にかかる先物取引の勧誘の経緯は以下のとおりであった。
(1) 被告野川は、同年六月七日、電話を利用した商品先物取引の勧誘を行おうと電話帳を調べたところ、たまたま、原告の勤務する前記納税協会の記載を目にし、あるいは、その勤務者のうちに近畿ゼネラルによる輸入大豆等の商品の先物取引に関心を持つ者がいるかも知れないと考え、直ちに同納税協会に架電して「事務長さんはいられますか。」などと尋ねたところ、同納税協会には事務長という職はなく、これに近い職務としては常務があるとのことであったので、当時、前記のとおり、右常務の地位にあった原告と電話をすることになった。そこで、被告野川は電話を通じて原告に対し、商品先物取引の仕組・長所等を説明するとともに、資金運用の一方法として有利であることを強調して勧誘し、原告もいくらか関心を持ったので、右両名の話し合いの結果、翌八日に近畿ゼネラルの担当者が、右納税協会の事務所まで赴き、原告に詳細に説明することとした。
(2) そこで被告野川は、同月八日に部下の渡川に右納税協会の事務所を訪問させ、原告に対し「商品取引について勉強してみませんか。」と言って所携のパンフレットを手渡させるなどして勧誘を行わせた。さらに被告野川は、同月一一日、電話で予め原告の了解を得た上、渡川と一緒に右納税協会の事務所に原告を訪ね、同所等で強引かつ執拗に輸入大豆等の商品先物取引を近畿ゼネラルを通じて行うように勧誘した。すなわち、被告野川は、原告に対し、まず、原告を右納税協会の事務所の近くにある喫茶店に誘い、「神戸輸入大豆先限日足・シカゴ大豆相場(昭和五一年一二月六日以降)」等の資料を示し、さらに、同年の夏にはアメリカ等の世界の主要な大豆産地を熱波が襲い大豆が世界的に不作になるし、また、ソ連の作柄も不良で買付けに回ることは必至であるなどの予想を強調した上、「今、大豆は約四四〇〇円だが、昨年はこれが六〇〇〇円台にも値上がりした。だから、今大豆を買っておけば必ず値上がりします。今買っておけば必ずもうかりますよ。」などと早口でまくしたてて、あたかも、当時、輸入大豆の商品先物取引を被告野川らの助言どおり行えば、確実に大きな利益を上げることができるという印象を原告に与えたが、このような勧誘は、約一時間も続けられた。その後、被告野川は場所を右納税協会二階の会議室に移し、同様の説明ないし勧誘を繰り返したが、その際、原告に対し、「商品取引委託のしおり」を手渡し、商品先物取引の仕組等に関し、追証など若干の説明を行ったが、前記のとおり、原告は、商品先物取引につき全く経験がなく、その内容等を殆んど知らなかったので、追証等の説明を十分理解することはできず、また、被告野川らは、原告に対し、商品先物取引が投機的本質を有するもので、短期間に巨額の損失を被る危険も大きいということについては一切説明しなかった。そこで原告は、被告野川らによるこのような一方的説明ないし勧誘により、同人らが勧める輸入大豆等の商品先物取引によって、確実に大きな利益が得られるかの如き印象を持つに至ったので、少なくとも国債等の購入による投資方法よりも有利ではないかと判断し、右のとおり、被告野川らから強引かつ執拗な勧誘を長時間にわたり続けられたこともあって、前記会議室において、被告野川らに差し出されるまま、「『商品取引委託のしおり』の受領について」や「承諾書」等の書類に署名捺印し、一応、右勧誘にかかる輸入大豆の商品先物取引を近畿ゼネラルに委託することとした。その際、近畿ゼネラル側からの原告への連絡場所につき、被告野川から「昼間、連絡がつくところがいいから勤務場所にしておきましょう」と勧められたので、これに従い、右連絡場所を前記納税協会の事務所とすることとし所定の書類にその旨記載した上、署名捺印した。なお、前記委託にかかる先物取引の内容については、これも被告野川の勧めるところに従って、(神戸穀物取引所での)輸入大豆の買建五〇枚とすることとなったが、被告野川らからは原告に対し、新規委託者の保護のために、近畿ゼネラルが制定した等の制約があり、被告野川らの商品先物取引の受託者らは、これらの制約を守ってその受託業務を行わなければならないということにつき、何らの説明もなかった。
(3) 被告野川は、翌一二日夕方ごろ、原告の前記委託の意思をさらに固めるため、原告の自宅を訪問し、原告およびその妻の花子に対し、「大豆の相場が上がるから、短期間にもうかります。今がチャンスです。お金を入れなさい。」などと前回同様、強引かつ執拗に勧誘を続けたが、花子は漠然とながら、商品先物取引の安全性に不安を感じていたため、「うちはお金はいりません。今の生活で十分ですよ。帰って下さい。」などと反対し、原告も、まだ十分に委託の意思が固まっていなかったこともあり、右反対に同調する様子であった。そこで被告野川は、とくに花子に対して説得・勧誘を行ない、「上司に金子という者がいて取引もベテランで、金子にやってもらう。一月とは申しません。二〇日間でもうけてもらいます。」などと言った上、さらに所携の近畿ゼネラル発行の委託証拠金三五〇万円にかかる預り証を取り出して、原告および花子に示しながら、「ご主人との間に話もできて預り証まで作っております。」などと、既に話がまとまっており、原告側が一方的に委託を撤回することができないような段階にまで至っているかの如き口吻で強く勧誘を行った。そこで原告も花子も、もう後戻りはできない話であると誤信し、原告は近畿ゼネラルとの間で、前記のとおり(神戸穀物取引所での)輸入大豆の買建五〇枚の取引などを行うため、近畿ゼネラルに右取引などを行うよう委託することを最終的に決定し、その旨を被告野川に確約した。
(四) 近畿ゼネラルが原告との右委託契約にもとづき行った輸入大豆等の商品の先物取引の内容・経過は別紙記載のとおりである。そして右先物取引の具体的な状況・経緯は以下のとおりである。
(1) 原告は、前記委託の趣旨に基づき、同月一三日に近畿ゼネラルに対し、前記建玉五〇枚についての委託証拠金三五〇万円を支払ったので、近畿ゼネラルは、同日、原告のために神戸穀物取引所の輸入大豆昭和五九年一一月限買建五〇枚の取引を行った。
(2) ところで規則など(規則四条ないし七条、同五条に基づく新規委託者に係る売買枚数の管理基準)によれば、近畿ゼネラルにおいては、新規委託者による先物取引について、新規委託者の保護育成を図り受託業務の適正な運営を確保するため、その売買取引(開始)日から三か月の新規委託者保護育成期間を設定し、その間の建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限するとともに、新規委託者の保護管理等を行うため、本支店にそれぞれ管理サービス部を設置し、それら各部に責任者を置き、新規委託者から右制限を超える建玉の要請が特にあった場合には、右責任者が右建玉が妥当であるか否かについて調査し、妥当と認められる範囲内でのみ受託できることとなっていた(本件の当時の、近畿ゼネラル京都支店における右責任者は、同支店長であった被告国中であった。)。右買建玉五〇枚は、右のとおり新規委託者の建玉枚数の制限を超えるものであったので、被告国中は、被告野川の作成したお客様(顧客)カードに基づき、右買建玉五〇枚につき調査し、これを妥当であるとして許可した。しかし、原告は、右買建玉五〇枚をとくに要請したことはなく、被告野川らから、前記の建玉枚数の制限について何の説明もないまま、一方的に五〇枚が適当であるとして勧められるままにこれを行うことにしたものであり、また、被告国中の調査の基礎となった右お客様カードの記載は、被告野川が、原告から十分に聴取を行うことなく、適当に推測してなしたもので、その内容は、原告の実体からかけ離れた虚偽のものであった(例えば、職業欄の入社年月日は、真実は昭和五四年であるのに昭和三〇年四月と、年収欄も(1)の五〇〇万円未満が正しいのに、(2)の一〇〇〇万円未満と、投資経験欄(2)の株式取引の項は、原告には、信用取引はおろか現物取引の経験もないのに、いずれの取引の経験もあると、資産状況欄2の有価証券につき、国債を一〇〇万円有するに過ぎないのに二〇〇〇万円も有すると、同欄3の預貯金につき、前記のとおり一二〇〇万ないし一三〇〇万円が正しいのに三〇〇〇万円とそれぞれ記載されるなどの誤りがある。)。そして、被告国中は、右お客様カード以外に、直接、原告に事情聴取をなすなどの調査を行うことはなかった。
別紙記載の同月一三日以降同年九月一〇日ころまでの取引は、被告金子が担当したが、右各取引は、いずれも、同被告が原告に対し、具体的な相場や商品の情報についての説明をしたうえで原告に指示させるというものではなく、形式的に原告の同意はなされたものの、実質は、自主的判断をし得る能力のない原告が同被告にいわれるままに同意してなされたものであった。
(3) ただ、同年六月一三日以降しばらくは、原告にかかる建玉に利益が出ており、原告も、近畿ゼネラルから原告に送付された売買報告書等によりこれを知り、被告野川らの説明のとおりであると思い安心していたので、前記のとおり原告の担当となっていた被告金子が、一方的な判断で建玉を行い、これを電話で事後的に連絡してきても、原告は特段これに異議を唱えることもなく黙認していた。また、同月二〇日までには、原告には金八〇万円余の利益が生じるなどしていたにもかかわらず、近畿ゼネラルから原告に現実に送金された利益は金一一万二五〇〇円のみであり、その余の利益相当金は、委託証拠金に振替え近畿ゼネラルに留保されたままであった。なお、右利益相当金を委託証拠金に振り替え、近畿ゼネラルに留保してこれを預託し続けることにつき、原告が被告金子らに承諾を与えたことはなく、ただ事後的に近畿ゼネラルから委託証拠金の預り証が原告に送付されてきただけであった。
(4) ところが、同月二二日には、同月二〇日付の買建玉六〇枚(同年一〇月限、同年一一月限各三〇枚)につき金二一七万五〇〇〇円の値洗差損金が発生し、原告の預託済み委託証拠金三八五万円の二分の一を超える損金が生じることになったため、近畿ゼネラル側は、翌二三日、原告に対して委託追証拠金請求書を送付し、右追証拠金二一七万五〇〇〇円をさらに預託するよう請求した(なお、近畿ゼネラル側が本件に関し、原告に委託追証拠金請求書を送付したのは、右送付の一度きりであり、その後は、被告金子らが原告に架電して委託追証拠金の請求を口頭で行うという略式の方法がとられた。)。原告は、被告金子らの説明を信じ、預託済みの委託証拠金の回収が不能になる危険性が存するとは全く思っていなかったため、突然に送付されてきた右請求書を見て大いに狼狽し、状況を把握しようと、同日、直ちに被告金子に架電して状況および適切な対応につき説明ないし助言を求めたが、被告金子は、「とにかく入金して下さい。」と言うばかりで、多額の損が生じた場合に委託者がとるべき対応策の内容等について何らの説明もしなかったため、原告は状況を把握しきれず、対応策を決めかねることとなった。被告金子は、まず、同月二五日、部下であった今村を前記納税協会の事務所に赴かせ、原告に対し、右損金発生の事態に対応するため両建の方法をとるべき旨を強く勧めさせたが、その際、今村は、両建につき、台風到来の際に家屋等の倒壊を防止するためになされる「つっかえ棒」を例にとって説明し、両建によって預託する金は一時しのぎの金であって、台風が去ればすぐに「つっかえ棒」をはずすように損が回復され、不要になれば、直ちに返還されるべき金であることを繰り返し強調した。さらに、翌二六日に、今度は原告が近畿ゼネラル京都支店を訪れ、被告金子に、前記損金発生の事態に対し、どのように対処するのが適切か、説明・助言を求めたところ、被告金子は両建を強く勧め、「このままでは大変なことになる。安全のために四二〇万円を入れてくれ。入れないと元も子もなくなる。」などと他に適切な対応策がないかの如き一方的な説明・助言を繰り返したので、原告は、前記委託証拠金三五〇万円が回収できなくなることは是が非でも避けたいという思いが強く、そのためには被告金子らの説明・助言に従って両建をなすしかないと考え、前記両建をなすことを承諾した上、同日夕方、近畿ゼネラルに金四二〇万円を預託した。ところで、原告は、花子に、右金四二〇万円の預託の経緯を話したところ、花子は、このような多額の金員の預託につき不審の念を抱くに至り、翌二七日、近畿ゼネラル京都支店に架電して右預託につき説明を求めた。そこで、被告金子は、同月二八日に原告宅を訪れ、花子に対し、「相場が上下しても、両建の方が安全。これからもうけて頂きます。」などと両建の安全性を強調したため、花子も一応これを了承し、被告金子に対し、それ以上の追及は行わなかった。
(5) 原告は、同年七月一〇日ころ、近畿ゼネラルから原告の本件商品先物取引に係る残高照合通知書の送付を受けたが、右通知書には値洗差損金六六二万五〇〇〇円の記載があったため、予期せぬ多額の損金が発生したのではないかとの不安に駆られ、同月一五日に京都支店を訪れ、被告金子に対し、右通知書記載の損金につき説明を求めた。被告金子は、原告に対し、「両建しているので安心してよい。預り証拠金のほうが損金より大きいので大丈夫。」などと現在の取引状況が安全であることを強調して原告をなだめたため、原告も一応納得した。さらに被告金子は、原告を安心させてさらに輸入大豆の先物取引を継続させるため、同月二七日には、値洗い差損金が七五〇万円にもなっており、明らかに委託追証拠金の請求さえ必要な状況で、原告に対して差益金等を交付する合理的な理由が全くないにもかかわらず、金六四万二五〇〇円を原告の銀行口座に振込んだが、内金五〇万円は預託された証拠金から出金されたものであった。このような金員の払込みによって、原告は被告金子に対する不信感を払拭させられた。
(6) ところが被告金子は、同月三〇日、原告に対し、架電して、「買い注文の建玉が値下がりした。これを支えるためにもう五〇〇万円用意して下さい。」と連絡したが、原告は、被告金子らの両建の際の説明から、投下資金はもう安全で、これ以上資金を投下する必要はないものと信じていたので、右連絡に大いに驚き、さらに、もはや手許には先物取引に投ずるべき資金もなくなっていたので、とりあえず、翌三一日、近畿ゼネラル京都支店を訪れ、被告金子に対し、右連絡の趣旨と原告の本件輸入大豆の先物取引の状況につき説明を求めたが、被告金子は「どうしても五〇〇万円入れてもらわないと、前の分(預託済みの金三五〇万円および四二〇万円)がだめになりますよ。」などと金五〇〇万円の入金方を強要するばかりであった。原告は、もはや手持ち資金がなかったが(このことは、被告金子にも説明した。)、既投下資金を犠牲にすることは何としても避けたいとの一念から、被告金子の説明では、右金員は一時的に用立てれば、すぐに返還されるものであるとのことでもあったので、友人である乙山春夫から、本件商品先物取引のそれまでの経緯等の事情を打ち明け、懇請の結果、同年八月四日、返済は、本件輸入大豆の先物取引で出た差益金で行うとの見込みの下に、金五〇〇万円を、返済年月日同年末、利息日歩四銭の約定で借り受け、右借受金を近畿ゼネラルに入金した。
(7) 被告金子は、さらに同月二八日、京都支店を訪れた原告に対し、「帳尻がマイナスになっているから資金として四七五万円を入れて下さい。」などと新たな投下資金を要求したが、原告がもう資金のあてがない等と述べて右要求を断わったところ、被告金子は、さしたる根拠も示さず、金額を三五〇万円、二八〇万円と下げていった揚句、ついには一〇〇万円でもいいと言ったので、原告は、それまでの度重なる新たな資金の要求を被告金子から受けた上、右のとおり合理的な根拠に基づくとはとうてい思われない資金投下の要求を行う被告金子の態度に極めて強い不信を抱くに至り、被告金子との右の資金投下の話を打ち切って帰宅した。
(8) 原告は、以上のような経過により被告金子に対する信頼を失なうに至り、せめて近畿ゼネラルに払込みずみの預託金一二七〇万円を返還してもらうべく、近畿ゼネラルの他の業務員等に善処方を求めようと考え、まず、同年九月三日に、当時、近畿ゼネラルの社長であった姫野富太に対し、原告の窮状等を記し、その善処方を求める手紙を送付した。そこで、同月一三日には、当時の京都支店長であった被告国中から電話があり、被告国中は、原告の不満・不信等をなだめようとしたが、原告にとっては、十分に納得できる内容ではなかったので、原告は、同月二〇日、自から京都支店に赴き、被告金子が関与・担当した輸入大豆の先物取引の経過等について、いくつかの疑問を提示して、その説明を求めた上、既払金の返還につき善処方を申し入れたところ、被告国中は、「必ず回復する。自分が金子にかわって一生懸命やる。」と確約したので、原告は以後、京都支店の支店長の地位にある被告国中自らが、原告に生じた損失の回復のため、直接に先物取引を担当してくれるものと理解し、一応納得した。しかし、原告は、それでも完全には安心できなかったため、近畿ゼネラルから送付されてきた売買報告書をもとに、原告の建玉・差損益等の状況をまとめた「計算書一覧表」等の書面を作成した上、右の建玉等に関し、原告が疑問に思った点を質問事項として記載した手紙を、近畿ゼネラル本店の監査部長であった神先宛に郵送し、右の疑問に対する回答を求め、前記既払金の返還につき善処するよう強く求めた。
(9) その後、被告国中が前記のとおり原告の担当となり、輸入大豆の先物取引の建玉等を行なったが、原告の損失は一向に回復しなかった。そこで、被告国中は、同年一〇月九日ころ、前記損失を回復するためと称してゴムの先物取引を行うことを強く勧めたので、原告は右勧誘に従い、ゴムの先物取引を行うことを了承した。被告国中は、同月一一日、神戸ゴム取引所での昭和六〇年五月限のゴム一〇枚を売り建てたが、そのころ、原告に近畿ゼネラルから送付された近畿ゼネラル関係の情報誌「コスモ」(一九八四年一〇月八日発行、三八三号)には、ゴム先物取引につき、「売り方針はよくない。」という趣旨の記事が掲載されていたため、これを見た原告は、近畿ゼネラル全体に対して決定的な不信感を有するに至り、近畿ゼネラルに対し、もはや取引は継続できないから、打切ってくれるよう申出た。そこで、被告国中は、同月二六日、原告にかかる先物取引の全建玉を手仕舞いした上、同月三〇日、原告宅に本件先物取引にかかる精算金三一万六五〇〇円を持参し、これを花子に手渡して、「これで終わりになりました。残ったのはこれだけですけど、うちの会社としては絶対に落ち度はありませんから、裁判にかけられてもお宅の敗けですよ。」と言い放ち、ここに本件先物取引は最終的な結末を向かえることとなった。
以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
三 被告らの責任
二で認定した本件の事実の経過を前提に、以下、被告らの不法行為責任の有無について検討する。
1 違法性について
(一) 《証拠省略》を総合すれば、商品先物取引には、次のとおりの特質が認められる。
(1) 商品先物取引は、強度の投機的色彩を有する経済的行為であり、少額の証拠金による差金決済という取引方法により多額の取引ができるものであり、商品市場は一般に経済状況の変化等によって短期間に激しい値動きをすることと相まって、当該取引に参加する者に、予期せぬ巨額の損失を被らしめる危険が大である。
(2) 商品先物取引を実行するためには、当該商品の市場価格の変動を的確に予測する必要があり、そのためには、右市場価格を決定する経済的・政治的・社会的諸要因を調査・把握することが不可欠であるが、その調査・把握は、一般の私人にとっては様々な知識・情報を収集し、これを十分に活用するための経験がなければ困難である。
(3) 商品先物取引においては、種々の専門的特殊用語が使用され、また、一般の取引上の常識からすると理解が困難と思われる抽象的・技術的概念(たとえば、実際に取得しない商品をいきなり売建するなど)も多く、一般人にとって、その仕組みを十分に理解することには相当な困難が伴う。
(4) 機関投資家等は別にして、一般投資家等が商品先物取引を行う場合、専門家である商品取引員ないし商品取引外務員に委託する必要があり、この両者間には、商品先物取引に関する知識・情報・経験に多大の格差が存し、委託者は受託者たる商品取引員ないし商品取引外務員に通常、全面的に依存せざるをえない地位にある。
これらの特質に照らせば、商品取引員ないしその使用人である外務員等は、一般の顧客を勧誘するにあたって、商品取引方法、受託契約準則、取引所指示事項、取引所定款、新規委託者保護管理協定、同規則等の趣旨に照らし、また信義則上、当該顧客が商品先物取引の危険性を理解することを妨げたり、当該顧客が右危険性を十分に理解しているとは認められないにもかかわらず、当該商品先物取引の利点を過度に強調したり、過度に強引・執拗に取引を勧めたりするなど社会通念上、相当でないと認められる勧誘を行うことは許されず、また、顧客との間に商品先物取引委託契約を締結した後においては、前記法規等を遵守すべきはもちろん、右委託契約の本旨に基づき、当該顧客の経歴・能力、先物取引についての知識・経験の有無・程度・資力の多寡・性格、当該商品先物取引の委託を行うに至った経緯・事情等を十分に調査・把握した上、当該顧客が、商品先物取引について自主的、合理的な意思決定ができるよう、必要な知識・情報を提供するとともに、専門家としての経験・判断力に従い、当該取引状況下において適切と認められる助言・指導を行い、もって、当該顧客が自主的、合理的な意思決定を行うことができる状況・条件を確保した上で、当該顧客の真意に基づく具体的な建玉の指示に従い、忠実に建玉を実施する等の義務を負うものと解するのが相当である。そして、右の勧誘行為の相当性および商品先物取引契約の本旨違反の有無につき判断するにあたっては、商品取引所法をはじめ、受託契約準則、委託者保護のために設定された、取引所の定款、取引所指示事項、新規委託者保護管理協定、当該商品取引員が定めた新規委託者保護管理規則等の各種の内部的規制条項の違反の有無、程度を考慮するだけでなく、さらに、一般の顧客が商品取引員に委託して、商品先物取引を行う過程は、類型的に勧誘に始まり、商品先物取引委託契約の締結、同契約に基づく具体的な建玉、そして終局的な取引の手仕舞いという一連の形をとり、一般の委託者を保護するためには、右の一連の過程のすべてについて適切な規制がなされることが必要不可欠であると考えられることから、商品取引員等の行為の違法性の有無も右の一連の過程を全体的に考察してこれを判断するべきである。
(二) そこで、前記認定した事実をもとに、本件での被告国中、被告金子、被告野川の各行為につき違法性の有無を検討する。
(1) まず被告野川による原告に対する本件商品先物取引への勧誘の点を見るに、被告野川は、原告を勧誘するにあたり、特定の信頼できる者の紹介や一定の勧誘基準を設けるなどのことを行わず、無作為に電話帳を調査した上、一面識もない原告の勤務する前記納税協会の存在を知ったことをきっかけに、これに架電して右勧誘を開始するに至っており、これは「無差別電話勧誘」(取引所指示事項1)に該当する。また、被告野川は、その(部下の渡川を介して)勧誘にあたり、商品先物取引が投機的な経済行為であって短期間に巨額の損失を被る危険なものであることおよびその他商品先物取引の内容・仕組等につき十分な説明を行って、商品先物取引につき未経験者であった原告に右の事項を十分に理解させようとした形跡はなく、かえって、必要以上に商品先物取引の利点を強調し、当時、輸入大豆を買建しておけば必ず利益が上げられる旨繰り返して断定的判断を提供し(商品取引所法九四条一号、受託契約準則一七条一号等)、強引かつ執拗な勧誘を繰り返したため、原告に、前記買建の実行により容易かつ確実に多額の利益を短期間のうちに獲得しうるものとの誤解を与えるに至っている。してみると、被告野川は、顧客である原告が、商品先物取引の危険性を十分に理解しているとは到底認められないにもかかわらず、商品先物取引の危険性に対する原告の無理解に乗じ、本件輸入大豆の先物取引における買建の有利さを過度に強調し、強引・執拗に勧誘するなどしたものであって、その勧誘は、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱したものと解せられる。
(2) 次に、被告金子および被告国中の、本件受託契約に基づく、輸入大豆等の先物取引の建玉についての受託業務の実施状況の点等について見るに、被告金子は、原告に対し、規則等につき何らの説明も行わず、規則による建玉制限(二〇枚以下)をはるかに超える、五〇枚もの建玉を行うことを勧め、商品先物取引の危険性について十分な認識のない原告を、右五〇枚という多量の建玉に誘導した。新規委託者の二〇枚を超える建玉にあたっては、近畿ゼネラルにおいては、規則等により、その妥当性を近畿ゼネラル京都支店の管理サービス部(責任者被告国中)が審査し、これを確認して当該建玉を許可することと定められていたのに、原告についての右審査は、被告野川作成にかかる、内容が虚偽でかつ実体から遊離した顧客カードを形式的に審査したのみであって、原告の経歴、先物取引についての知識・経験の有無ないし程度、資力の多寡・性格等につき調査した上でなしたものではなかった(規則四条ないし七条、新規委託者に係る売買枚数の管理基準違反)。(そして、その後、原告の建玉は最高、一六〇枚もの多数にまで達している。)被告金子らは、その後も、原告に対して、自主的、合理的な判断に基づき建玉の指示ができるよう、必要な知識・情報等(輸入大豆の市場価格に関する前記諸要因についてのもの)を提供することなく、したがって、また原告の自主的判断に基づく了承もないのに一方的に原告のために建玉を行い、事後的に売買報告書を郵送してその了承を得るなどの取引を行ったが、これらの取引は、実質的には一任売買であると評価しうるものであった(商品取引所法九四条三号違反)。さらに、原告に、取引当初生じた差益金の殆んどを原告に提供せず、その意思に基づかず一方的に委託証拠金に振り替えるなどして近畿ゼネラル内部に留保し、その後、委託追証拠金が必要となっても、右請求を書面で行ったのは一度きりであり、原告が、自己の損益の状況を正確に把握することを妨げて、本件商品先物取引を継続させ、さらに、両建について損害回復のための方法で、損をすることもない旨の不十分な説明を行って、原告に対しこれが極めて安全な損失回復の手段であるとの誤解を与え、さらに建玉を拡大・継続させるに至っている。これらの被告金子および被告国中の行為等は、先物取引について全く経験のなかった原告に対し、輸入大豆等の先物取引につき自主的・合理的な意思決定ができるように必要な知識・情報を提供もせず、また、当該取引状況下において適切と認められる助言・指導をも一切行わず、何ら合理的な根拠に基づかず、過当売買を繰り返すなどしたものと言わざるを得ず、原告との間の前記委託契約の本旨に全く反するものと解するのが相当である。
(3) 以上、被告国中、被告金子および被告野川の、本件商品先物取引における、勧誘から手仕舞いまでの全過程を一連のものとして総合的に観察すれば、全体として違法なものであると解するのが相当である。
2 故意・過失について
前記認定の事実および《証拠省略》によれば、被告国中らは、原告について、神戸穀物商品取引所等による新規委託者の建玉状況の調査等が昭和五九年九月一二日に実施されることを予め知り、右調査が、建玉枚数二一枚以上の者についてのみなされる建前になっていることから、右調査が原告についてなされることを回避するため、他に何ら合理的な理由もないのに、それまで常時ほぼ一〇〇枚程度の建玉がなされていたにもかかわらず、突然、原告の建玉を二〇枚にまで縮少するよう仕切っていることを認めることができる。右事実に、前記認定した本件商品先物取引の全経過とくに、被告金子が、原告の損失発生の危惧・不安を解消するため、同年七月二七日、当時の原告の損益状況は、別表記載のとおり、多大の損失が発生し、委託追証拠金の請求さえ必要であり、また、それまでは、差益金が生じても全く原告に提供することもなかったにもかかわらず、原告の銀行口座に、預託済の委託証拠金を一部取り崩してまで金六四万二五〇〇円を振り込んでいること、別表記載のとおり、原告の建玉の状況につき、長期にわたって両建状況が継続され、因果玉の放置も認められ、また、同一年月日に同一期日の建玉を仕切った上、すぐに同一の建玉を行うなど到底合理的根拠に基づくとは認められない売買が反覆・繰り返されていることなどの事実を総合すれば、被告野川・被告金子および被告国中は、もっぱら、原告に輸入大豆等の先物取引を実行継続させ、その資金を可能なかぎりこれに投入させることのみに執心し、顧客である原告の保護をなおざりにして、容易に原告に本件の如き多額の損害が発生することを予見しえたにもかかわらず、その課せられた注意義務を、いずれも著しく欠いたまま、前記各違法行為をそれぞれ継続していたものと認めるのが相当である。してみると、被告野川、被告金子および被告国中については、いずれも本件損害の発生につき、少なくとも重過失の存在が認められる。
3 共同不法行為および使用者責任について
前記認定の各事実によれば、被告国中、被告金子および被告野川は、それぞれ、近畿ゼネラル京都支店において同支店長、同支店長代理(課長)、同支店営業部員の地位にあって、所定の役割分担の下に、同支店における輸入大豆等の商品先物取引受託業務を共同して遂行しているものであるが、被告国中、被告金子および被告野川による前記違法行為は、右受託業務の一環として共同してなされたものであり、しかも前記違法行為は、本件商品先物取引の経過・態様等に照らし、同支店の通常の商品先物取引受託業務とは異質な偶発的なものと考えることはできず、むしろ、同支店の営業方針・営業姿勢に由来する構造的現象とも言うべきものと認められるから、被告国中、被告金子および被告野川の前記違法行為には客観的関連共同性が認められるものと解するのが相当である。よって、被告国中、被告金子および被告野川については共同不法行為の成立が認められ、本件損害につきその全額を連帯して賠償する責任を負うものと解せられる(民法七一九条一項前段)。
また、前記認定の各事実によれば、被告国中、被告金子および被告野川はいずれも近畿ゼネラルの被用者であり、これら被告の前記違法行為が、近畿ゼネラルの事業(商品先物取引受託業務)の執行としてなされたものであることはいずれも明らかであるから、近畿ゼネラルさらにはその包括承継人である被告会社は民法七一五条一項に基づき、使用者責任を負うものと解すべきである。
四 請求原因4の事実(原告の損害)および抗弁事実(過失相殺)について
1 請求原因4の事実のうち、(一)(原告の出捐金員、被告会社からの返還金員等)は当事者間に争いがなく、前記認定したところによれば、原告主張の金一一二七万八五〇〇円は、被告らの前記不法行為により原告の蒙った損害と認められる。
2 そこで、次に過失相殺について検討する。
前記認定の各事実によれば、(1)原告は、取引の開始に当り、被告野川から、「商品先物取引が、危険負担を承知の上で利益を追求する投機性を有する」ものであることが記載された「商品取引委託のしおり」の交付を受けており、これを読んだものと推認されるところ、被告野川らによる、商品先物取引の利点を過度に強調した、一般常識に照らし明らかに不合理と思われる説明を軽卒にも信じて、本件商品先物取引を開始していること、(2)原告は、本件商品先物取引の過程における後半では、近畿ゼネラルから送付されてきた売買報告書をもとに自からの建玉や差損益の状況等をまとめた「計算書一覧表」を作成し、右建玉等の状況について疑問点を抽出するなどしており、明らかに、商品先物取引の危険性、本件商品先物取引の建玉状況について、相当程度、理解・把握する能力を有するに至っていると認められ、また、近畿ゼネラルからは、原告に対し、十分とは言えないまでも右売買報告書や前記商品先物取引委託のしおり等、商品先物取引一般や本件建玉の状況等につき解説された書類が送付されているにもかかわらず、商品先物取引の危険性、本件建玉状況等につき理解・把握することを怠っていること、(3)近畿ゼネラル側の当初の説明では、輸入大豆の先物取引は絶対安全で有利なものとされていたのに、その後、次々と委託追証拠金の請求をされるなど、右説明と明らかに異なる事態が続いて発生したにもかかわらず、既に投下した資金の回収にとらわれ、被告金子に言われるままずるずると本件商品先物取引を継続し、早期に手仕舞いしようとしなかったことなどの事実が認められ、これら(1)ないし(3)の事実は、原告の前記損害の発生・拡大を促した原告の過失であると認められる。
右の原告の過失を、被告らの本件不法行為の違法性の程度、被告らにつき重過失が認められること等の事情と対比・衡量すれば、1の損害についての原告の過失割合は二割であると認めるのが相当である。
そうすると、右割合による過失相殺をすることにより被告らが賠償すべき損害の額は、金九〇二万二八〇〇円(金一一二七万八五〇〇円の八割)となる。
3 《証拠省略》を総合すれば、原告が、その出捐した委託証拠金の返還を実現するため、弁護士資格を有する本件原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起追行を一〇〇万円の報酬を支払う旨約して委任したことを認めることができる。ところで、本件の如き専門的な取引について争いとなっている訴訟事件については、一般私人が適切な訴訟追行をなすことは到底期待できず、その権利の救済のためには弁護士資格を有する訴訟代理人に委任することが必要不可欠であることは明白であるから、前記報酬金一〇〇万円の債務のうち、本件事案の内容、認容額等に照らし、金九〇万円をもって本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
五 結論
以上の次第で、原告の被告らに対する本訴各請求は、被告会社に対しては民法七一五条の使用者責任を合併により承継したことに、その余の被告らに対しては(共同)不法行為(民法七一九条)による損害賠償請求権にそれぞれ基づき、各自金九九二万二八〇〇円および内金九〇二万二八〇〇円に対しては、弁護士費用を除く本件損害が確定的に発生した日と認められる本件先物取引の最終の手仕舞の日である昭和五九年一〇月二六日から、内金九〇万円に対しては本件不法行為終了後であり、本件訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六〇年一月一〇日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 中嶋秀二 太田尚成)
<以下省略>